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アナウンサーの本当の気持ちは
結婚式や自己紹介、会議の司会など、とっさに頼まれたものから、前から言われていたけれど「何とかなる」と思ってマイクを握った瞬間、頭が真っ白になった。誰でもそんな経験はあるのではないでしょうか?しかも一度の失敗で「もう二度とひと前で話すのは嫌だ」とばかりにトラウマになってしまっている人も多いと思います。その気持ち、とてもよく分かります。実は私もかなりの緊張屋さんで、何度も何度も悔しい思いをしたのです。そんな私が今でもアナウンサーとして生放送などで戦っている。だから皆さんも安心してください。少しだけコツを掴めばきっとあなたの数十年抱えていたトラウマも消えるはずです。そんなコツをまとめてお伝えします。

プロも戦っている
今でも悔やまれることがあります。地元の企業の周年事業で司会を頼まれたときのことでした。社長さんに「緊張しないでしょう。余裕でいいね」と、司会直前に声をかけられました。その時に「何言っているんですか。緊張しますよ」とちょっとふざけた感じで話してしまい、その時に気持ちがふと緩んだのか、なんと本番で絶対に間違えないような名前の読み間違えをしそうになりました。
それから結婚式の司会で、今でも忘れられないのですが、新婦の特技「ボタン付け」を「ぶたン?つけ」と言って、緊張シーンで失笑されたこともあります。祝福の拍手は「しゅふく」になっちゃうし、あげたらキリがありません。穴があったら入りたい思いを何度も何度もしました。
そして今でも生放送という日は、やはり緊張するし戦っています。そうスピーチは私にとって戦いなのです。またここで笑ってほしいという時に「しーん」としてしまったら、精神的ショックは大きく落ち込むわけです。誰か私をスピーチの泥沼から助けて~と心が悲鳴をあげています。
でも、なぜなのでしょうか。苦手だから克服したくてやっているのかもしれません。そんな私だからこそ、皆さんの悩みが痛いほど分かります。だからもうスピーチで悩まないで欲しいと思うのです。

人はそんなにあなたに注目していない?!
実は聞いている雰囲気の人たちも、うなずきながらも実は他のことを考えていたりして、あなたのミスを見つけたくて聞いているわけではありません。なのでちょっとの失敗は相手には気づかれていないことが多いというのが、本当のところです。また聞いている人はあなたの敵ではありません。もっと言ってしまえば「頑張れ」と応援をしてくれているかもしれませんよ。「みんなの前でスピーチするなんて緊張するだろうな。引き受けて凄いなあ」と。人はそれほど厳しく指摘してあなたを傷つけないでしょう。しかし、中にはそう言う人もいます。言われたときは真摯に受け止めて苦手になるのでなく、トレーニングをすればいいのです。苦手だと言って逃げているといつになっても解決しない。だから本当に苦手なのか?苦手の正体は何かを分解して考えてみてください。緊張の正体です。もしかしたら失敗したくないという向上心かもしれません。笑われたのだとしたら自分の失敗が許せない。自尊心が傷つけられたことで立ち直れないなど、様々です。分解して見えてきた緊張の正体が分かればその部分を癒してリハビリすればあなたはスピーチを嫌わなくなるでしょう。
向上心の表れであれば「皆さんに伝えたいという気持ちが強かったから、頑張りすぎたかな」と少し優しく心のお手当てをしてください。気持ちがその時の状況に向き合えるようになったら修正点を洗い出す。例えば緊張して早口になってしまった。原稿が飛んでしまった。そんな時はスピーチする際はメモで教訓を手元に置いておくと良いでしょう。「早口注意」とか「原稿は見ながら話すこと」と、少しずつ改善していくことが大事です。焦らずにね。

60点で良し!
なんどやっても緊張する。というあなたは、友達との会話でむちゃぶりされたときになんとなく話すのでなく、記者会見でコメントを求められている気持ちで話す。きっと友達との雑談だから間違ったわね!と責められるわけでもないし、話はあっという間に流れてしまいます。勇気をもって話してしまったほうが緊張はしない気がします。そして正解やかっこいいことを話そうと思わないことです。自分の言葉でたどたどしくてもいいから、頑張って伝えるんだっていう熱意が何よりも大事だと思います。
以前私がアナウンサーだということを隠してある研修に参加してスピーチ大会が開催されました。もちろん誰よりもスラスラ話せたのは私でしたが、粗削りながらも本人が楽しんで話していた人のほうが、皆さんの心を完全に掴んでいました。私に足りなかったのは技術に頼ってしまったことと奢りでした。
だから皆さんも完璧じゃなくていいのです。完璧を目指しすぎるから失敗をしたときに、悔しい思いが残ってしまう。練習で上手くいった時が100点だとしたら半分より少しぐらいの60点であれば十分です。自分で課した正体不明の100点満点にがんじがらめにならないでほしいのです。

練習したいという頑張り屋さんへ
さて、本気で絶対に失敗はヤダ。苦手は克服したいからトレーニングしたいというあなた。まずは憧れの人の話し方を見つけてください。まずは完コピ目指して何度も何度もその人の話し方を研究して、どんな言葉を話して、どんな間をあけているか。どのようにうなずいて相づちを打っているか。表情はどうかなどを研究しつくしてください。「習う前に真似よ」です。なんとなく~でいいので試してみる。
次はヒーロー、ヒロインインタビューのように自身が成功した姿でインタビューを受ける時を想像して、セルフトレーニング。「今の気持ちは?」「成功の秘訣は何ですか?」「今後の夢を教えてください」など。一人でもレッスンはできます。
そして誰から頼まれてなくてもスピーチ原稿を想定して作成し読んでみます。そんなふうにいつでもどこでもひと前で話していることを想像して独り言で気分をつぶやく。これだけでも十分効果はあります。
アナウンサーは見た風景をリポートするなどの訓練を積みますが、私もあまり得意じゃなくてね。なので上手く話そうなんて思わないで、気持ちを言葉に出してみる練習をしてください。ラジオを聴きながらパーソナリティの話に突っ込みを入れてみるのも面白いです。

一番大切な人を思って話すこと
つまり私が皆さんにお伝えしたいのは、訓練も何もしないでちょっとした失敗で「自分はスピーチが苦手」と思い込んでいるのではないかということです。
司会の仕事の前に何度も何度も練習しても、本番中に人がバタバタと後ろを通ったことで、神経がピリピリになって、その後は照明が強すぎで原稿がぼやけて読めなくて、泣きそうになったことがありました。そりゃ悔しかった。何度練習していても当日のコンディションや状況で、納得いかないことも多々あるもの。
でも完璧だと思う方がむしろ怖いです。人は少し怯えながらも頑張っているときのほうが案外うまくいっていたりする。へっちゃらよと見せていても、内心は「大丈夫だったかな」と心の奥底では不安と戦っている人も多いし、そう言う人のほうが魅力的なスピーチをします。もしも、あなたが「どうだ!今日のスピーチ完璧だろ?」なんて思いあがったときは神様がバチをあてちゃうかもしれません。「こらっ!調子に乗りすぎよ」とね。むしろ、不安と戦って頑張ってスピーチするあなたに運命の女神も、聴衆も微笑むと思うのです。
最後に、NHKキャスター時代にアナウンサーの大先輩に「緊張したらどうしたらいいですか?」と訊ねたら「僕だって緊張するよ。緊張しなくなったらおしまい」と言われたことを私のお守りにしています。また「緊張したらあなたの一番大好きな人を思い出しながらその人だけに話しかけてみてください」とアドバイスをもらいました。
そのころ元気だった明治生まれの祖母は私の放送を正座して聴いてくれていた。そんな祖母を思い出しながら私は今も話しています。
あなたにとって最大の味方。その人のために笑顔で話してほしい。きっとそんなあなたに運命の女神や周囲の人も微笑んでくれるはずです。

NHK文化センター前橋教室にて「心に伝わる話し方教室」主宰

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